ゲゲゲの戦争

水木しげるが50年前に書いた文章が発掘…「ぼくが書きたいのは敗け戦の話だったんだがそれは許されないのだ」|LITERA/リテラ・・・・水木しげるが一兵卒として戦争に駆り出され、南方戦線で散々な目に遭ったあげく片腕を失うというのはもう万人が知っている話。後日に戦争の悲惨さや軍隊の理不尽さを書いていたこともあるように戦争体験者として反戦を強く訴えていたのも史実として残っている。それは確かに『やむなく戦争に駆り出された一般市民の理不尽さ』として訴えるべきな事柄だと思う。ただそれはあくまで水木しげるの体験を元にしたものであってそれが戦争という全体像を意味したモノではない。

ここに書いてあるちばてつやにしても満州からの引き揚げ者としての戦争体験があるがそれが『紫電改のタカ』に反映されていたわけじゃない。彼だって現在連載しているエッセイ漫画を読む限り戦争を賛美している訳じゃないのは明白でだ。紫電改のタカにしても『冒険活劇』と一括りにされているが、話中ではかなり戦争に対して皮肉っているし、最後は『オレは戦争が終わったら教師になりたかったな』と言い残して特攻隊として出撃している。出撃後にそれを知らないで基地に慰問しに来る母親と主人公の女子友人とのすれ違いで物語は終わっている。

小林よしのりの『戦争論』に到っても戦争賛美をしている訳じゃない。戦争の陰惨さばかりがクローズアップされているが果たしてそれだけが戦争の全てなのか?という単純な疑問から冒険活劇に近いエピソードを取材して書いている。南方戦線の凄惨な前線だけが戦争じゃなく、大陸の片隅のどかな出兵駐屯もあったと書いてあり、それが時代的に書けなかったと。そもそも戦争論は戦争賛美じゃなく、国として武力を保有し国として国民を護る義務がある。逆にその国を監視、監督する義務は国民にあり政治を疎かにさせるなという事を語っていたはずだ。本当に読んだ上で記事を書いているのか疑問だ。

この記事的には水木しげるの遺稿を元に安倍政権の右傾化を批難しているだけでろくに取材していないなという幼稚さを感じる。確かに戦争を煽っている感は否めないが、こういうデタラメに近い記事で政権をDisっているのもはっきり言って不快だ。貴方の体験した戦争が全てじゃなく、あなたの思っている思想も全てじゃない。時代は既に流動的で隣人が友好的とは限らない。人は食を分け与える事もあれば僅かな金や感情で殺し合うこともするという事を自覚しつつ、それでも人として国として世界の一員としてやるべき事をやるしかないと思うんですけどね。

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