「人間讃歌」カテゴリーアーカイブ

ごめんなさい

日曜日帰省予定をすっかり忘れていた模様。待てど暮らせど来ないのはどういう事じゃ!とかーちゃんに鬼電されてただ平謝り。メシ作って待ってたのにコレどうする・・・って話になってコッチもご飯炊いちゃったんで今からは無理だけど月曜は予定のない日なので朝イチで帰るってことで解決。尤もコッチは4時半起きというハードスケジュールになったけど(爆)。

まぁ作りすぎた物は近所に配れば良いんだけどそうするとそれ目当てで遊び(タカリ)にくる人ばかりになったのでウンザリだそうだ。自分で食事を作ろうという同世代、高齢者がへったらしくお茶を入れるだけでもそれ目当てで来るような隣人ばかりになったみたいでなんか世知辛い世の中だなぁと。全部石破が悪い(゚ω゚)。

おしどり夫婦だったもんな

夏に亡くなった伯父に続いて先日伯母も亡くなり、葬儀に参列してきました。伯父とまったく同じ場所で集まる遺族もほぼそのままでまるでデジャヴのような感じです。尤も今度は極寒でしたが。秋に体調を崩して受診した所余命宣告されてたそうで遺族も覚悟というかお父さんが呼んだんだろうね、仲良かったからねと言ってました。まぁワタシは伯母と話した記憶がほぼ無いのでどんな人也かは判りませんが、茶道のお師匠をやってたと言うことなのでお弟子さんも参列されていてその分だけ伯父の時より参列者が多かったです。リタイアした男は哀しいねぇ・・・

前回と同様にワタシは実家から妹の車を先導する形で2台で来て現地解散してそのまま自宅に帰ったのですが夏はこの後ゲリラ豪雨に見舞われてかーちゃんを乗せた妹の車が迷いに迷って酷い目に遭ったとか。っていうかこの斎場は実家からほぼ1本の国道で行けるんだがどうすりゃ迷うというかカーナビで誘導して貰ったら圏央道をチョイスしたとか。う”ーん・・・猫に小判とはこの事か(汗)

熱き心に~24’戸田SGボートレースダービー~

先日耳に入れたことなんですが、戸田の予想屋だった八ちゃんが6月に亡くなったそうです。3月頭に緊急入院し手術を受けてその後投薬治療をする事をX⁽旧ツイ⁾で語っていたのですがその後ぷっつりXでの発言がなくなってかなり経過していたのですが現場復帰も叶わず6月に亡くなっていたという話です。あれほど病気に負けないと発言していたのに。戸田のSG開催も喜んでいたのに仕事できる所か見る事も出来なかった。無念だろうなぁ・・・。競艇に対して予想屋として自分の役割に対して熱い漢だったのに残念です。

今回撮った写真ではありません。

今回のSG、久しぶりのダービーです。前回は2003年で山崎智也が優勝したのですがそれから21年ぶりか。山崎智也も去りすっかり艇界の様相が変わりましたがインが弱い戸田の特長はそのままだったようです。モーターも8月頭に更新した上に9月の大半は休止状態+グレードレース開催無しでほぼ実績がないので数字が良い好モーターを引いたと思ったらダメだったというケースも多々あったんじゃないかなと。特に深川が引いたモーターは自身が前回使って鬼足化させて圧勝したモーターだったのに今回は散々で挙げ句の果てにフライングのお土産まで貰ったのでは大ショックでしょうね。結局の話前評判の良かったモーターで優出出来たのは毒島だけでした。やはり戸田は一味もふた味も違います。甘くない(汗)

そんな感じで迎えた優勝戦ですが、準優の1号艇が3艇とも順当に勝ちあがりでしたが評価が3艇とも?なのが微妙。好機で完調という感じではなく枠の優位差で勝ちあがったという辛口評価なのは気になる感じでした。2着組に関しても好機という評判で勝ち残ったのは優勝戦➃の関だけで後は展開のアヤで勝ち残った感じの強い優勝戦メンバーになりました。名前だけ見れば今の競艇界最高のメンバーなんですけどね。スタート展示でも①峰が飛びだしすぎだしターンマークは外しているし微妙だけど百戦錬磨の峰だからなぁと思っていました。後は見た感じにどれも秀でた感じがなしで普通かな。チルドを0にした①峰②毒島のタイムがさほど差が無いのも微妙な感じはしました。唯一部品交換を行った③桐生もどうなのかなって感じです。

※因みにネットで既に買ってしまい資金がないので何も出来ません。

そして優勝戦ですが・・・ほぼスタート同体で3コースから③桐生の乾坤一擲ツケマイ!①峰を潰してトップ独走!⑤佐藤翼が艇間をつきぬけ二位争いというまさかの画に描いたようなサイタマーサイタマー。一人旅になった③桐生と②毒島に競り勝った⑤佐藤翼のサイタマーサイタマーで3-5-2という結果。いや初めに考えた組み合わせだったんだけどまさかねと思って笑って消したのが来たよ!現地にいたら間違いなく当たる気がしないけど記念舟券で買ってたよ!ショックを越えて笑うしかないよ。レース後のインタビューを見ても①峰はスタ展でおかしかったので慎重になりすぎただったり③桐生も一か八かの何も考えないマクリでしたとか言っているし。モーターも見劣り評価されていた③桐生の地の利を生かした勝利でしょうね。スタート同体からの3コースマクリなんてパン戦やレーサー格差があるレースしか見れないよ。流石に戸田だ(汗)。まぁ語ることなくワタシの舟券は全滅ですが(泣)

という結果に終わり桐生はGPトップ6へのラストチャンスを見事モノにして安心してフライング休みに入れるわけです。今後も埼玉支部の活躍は見られそうです。八ちゃんも現地で桐生の優勝見たかっただろうな。せめてあの世から桐生や埼玉支部の活躍、今後の競艇の行く末を見守ってくださいませ。

熱き心を持った八ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

感謝

兎に角持った天気。このあと30分後にゲリラ豪雨

自叙伝の話を以前書いたと思いますが、著者である伯父が亡くなりました。病むことも床に伏せることもなく苦しみもせず逝ったそうです。94歳直前まで生きてきたので大往生かと思います。

生前は大変お世話になりましたというか伯父がいなければかーちゃんと親父殿の出会いもなかったので生まれてもいなかったです。それだけでは無く長い間随分面倒をみて貰いぶんぶん家全員頭が上がらないでしょう。それだけでは無く親戚全員に優しく接してくれた素晴らしい御仁でした。感謝しかありません。

向こうには親父殿も伯父叔母も祖父母もいるので楽しくやって下さい。

しかし・・・

親戚が集まってもポツンと浮くワタシってやっぱり孤独なんだなと。別に良いんだけどね。

これだけで満足

復活?

これは判るぞ(爆)

実家に帰ってました。かーちゃんの膝の状態が随分良くなったせいなのか随分元気になってました。とりあえず良かったというか先生が2ヶ月ぐらい傷が癒えるのかかるよって言ってんだからその通りになっただけなんか(゚ω゚)。まぁ墓参りも一緒に行けたので積極性が出てきたのは良かったです。尤もリハビリに通いなさいと言われながら面倒くさがって自分で適当にやるのってどうかとも思えるけどな。通うのも大変なのは判るんだけどねぇ(汗)

寧ろワタシの足が緩やかに悪化して色々キツいっす(゚ω゚)。

花の名前

名前が分からん

実家に帰っていろいろ雑用をこなしてきました。かーちゃんもいろいろあったようです。まぁ歳取るとしゃあないな。ついでにというか母の日のプレゼントもAmazonでポチりました。ポチった翌日に物が来る便利な時代ですが流石に実物を見ているわけじゃないので受け取るまで品質が判らないのが難点です。本人にチョイスさせたけど来たものは安っぽかったなぁ。ゴメンヨ。

うちにはカーネーションなど無用

うちに咲いていた花ですがカーネーションのような感じの別の花みたいです。名前が分かりません。植物は無知なので(哀)

ばいちゃ

鳥山明さん死去、68歳…早すぎる「バイちゃ」 読んだ笑った興奮した!世界中に広がる悲しみ – サンスポ

いきなり速報が入って驚いたというか・・・68歳は早すぎるんじゃないのかなと。偉大な漫画家という感じはしないんだよなぁ。漫画家と言うよりイラストレーター、ストーリーテラーと言うより独特の世界観を持ったアーティストじゃなかったかなと。つまり『Dr.スランプ』も『ドラゴンボール』もその他の作品も同じ鳥山ワールドという世界観の中の一つの出来事、物語じゃなかったかなと。そしてそれは『ドラゴンクエスト』と同類であり進化版でもあるMMORPGじゃなかったかと。ペンギン村も存在すれば天下一武道会も開催される。ドラゴンボールを探すキャラも居れば砂漠で探検したり宇宙人と遭遇してタイムマシンを造っている人もいる。スタートもなければゴールもない、ただ与えられたミッションや当たり前のルーチンをこなして毎日を過ごすような世界観こそ鳥山明の世界観だったと思う。その中の一部が『ドラゴンボール』だったり『Dr.スランプ』だったじゃないのかなと。結局はその世界観から本人は出る事が出来なかったのでそれ以上の漫画が描けなかったかなぁと。まぁこれ以上稼ぐ必要などないですけど。

兎に角早すぎる。リアルには死んだら帰ってこられない。残念で仕方が無いです。合掌。

PS.同じ日にTARAKO氏の訃報が入るとは思わなかった。この方は後日またの機会に。合掌。

静かな静かな郷の正月

世の中大地震や飛行機大炎上とか騒がしいですが、ワタシは帰省してかーちゃんと二人きりの正月を過ごしました。毎年妹家族と合流して賑やかというかやかましい正月なのですが今年は風邪かインフルエンザかに罹ったと言う事で帰省せず、かーちゃんと二人きりの静かな正月でした。

実家近所へ代理初詣

いつもは妹家族が詣して御札を貰ってくるのですが今年は家を代表してワタシが代理詣。チンケな神社ですが室町時代から続く由緒正しい神社ではあります。

そんな感じでのんびり過ごしていたのですが妹からの伝言で取りに来るからお年玉置いてけ!ってなんなんだ?流石に呆れたわー。

自叙伝

当に昭和の歴史

実家に帰ってました。かーちゃんから渡されたのは伯父の書いた自叙伝。圧巻な内容でした。税務署長まで勤め上げた伯父が5年前に自費出版した自叙伝です。曾祖父母から自分の息子まで関わった人達と自分の体験談を通して昭和を語った内容で、特に戦中戦後直後の青春真っ只中での体験談はリアルというか、長野県伊那の田舎の片隅で飛行場を整備させられたり、風船爆弾を作らされたとかのエピソードや玉音放送の様子も描かれてました。伯父もいずれは・・・とその気になっていたのに終戦で味わう虚無感が全てだったというのもなるほどなと。

全部自分が執筆したかと言うのも疑問と言えば疑問だし、かーちゃんが言うにはかーちゃんが上京した理由が異なるとかまぁ脚色はあるんだろうなとも思いつつも良い物を読ませて貰いました。既に90も越えた伯父ですがまだまだ元気なようです。長生きして貰いたい物です。